きっかけは幼い私が感じていた違和感

こんにちは。たまちゃんです。

家庭環境にあまり恵まれずに育った私が、どうして辛い過去と向き合おうと思ったのか。
そして、どんな幼少期を過ごしていたのか。

まずはそこからお話したいと思います。

幼いころからなんとなく感じていた違和感

幼いころからなんとなく違和感を感じていました。
「うちはよその家と何かが違う」って。

学校から家に帰ると、ママがおやつを用意してくれるんだよってお友達が言っていました。
洗濯物はお母さんがたたんでタンスに入れてくれるって、別のお友達が言っていました。

毎晩家族で食卓を囲みご飯を食べ、そこでいろんな話をするんだよって。
毎日お母さんが朝ごはんを用意してくれて、それを食べてから学校に来るって。
休みの日には、家族で遊園地に行ったり、デパートに行ったり、公園でお弁当を食べたりするんだよってみんなが話していました。

友達から聞く話はどれも私の生活にはない物ばかりで、どうしてこんなに違うのかといつも違和感を感じていました。

でも何が違うのかははっきりと分からない。どうして違うのかも分からない。
私は私の家庭しか知らなくて、それを当たり前と思って生きていたから、どちらが正しいのか、どちらが正解なのかも分かりませんでした。

でも違和感は成長と共に大きくなって、早く大人になってこの家から出たいと思うようになっていきました。

どんなに願っても時間の流れは穏やかで、漫画の主人公のように「キャンディを食べたら大人になる」なんてこともなくて。

誰かが私を見つけてくれないかな。
助けに来てくれないかな。
なんとなくそんなことを思いながら過ごしていました。

誰にも相談できずに過ごした日々

行く当てもなく近所をあちこち歩いてみたり、新聞の「お悩み相談」の電話番号を穴が開くほど眺めたり、「養護施設」に保護されるにはどうしたらいいのかを、一日中考えたりして過ごしていました。

時々、近所のおばさんがお茶に誘ってくれました。家に呼ばれた時に、思い切って相談してみようって思ったこともありました。
だけど親に知られたら怒られる、それがどうしても怖くて、結局誰にも話せずに我慢して過ごしました。

何かがおかしい、そんな違和感を感じ始めたのが8歳か9歳くらいだったと思います。
そして誰にも話せずに過ごし、気がつくと私は14歳になっていました。

運命なんか信じないし神様なんて大嫌い

人生は自分の力で何とでもできるし、切り開いて行ける。
それは本当にそうだと思います。
だけど、どうしようもないこともあります。

ギャンブル狂いの親から生まれたこと。
子供の貯金にまで手を付け、賭け事をする親から生まれたこと。
義理の娘を女として見てしまう義父が家に来たこと。
そんな義父をかばう母のもとで暮らさなければならなかったこと。
そして体を汚されたこと。

どれも私が選んだわけじゃなく、どうしようもないことだったと思います。
それを運命と呼ぶのなら、私は運命なんか信じないし、そんなものを背負わせたのが神なら、神様なんて大嫌いです。

14歳で家を出る

私が唯一ラッキーだったのは、14歳でその家を飛び出せたこと。
そしてその後は年の離れた姉が引き取って育ててくれたこと。
あの時家を出ていなければ、今頃どうなっていたか分かりません。

生まれ育った環境のせいで人生をあきらめたくない!
今思えば、この気持ちが私の強さだったと思います。

人生って自分の力じゃどうしようもないことがあるけど、自分の力でどうにかできることもたくさんある。
できないことを見るより、できることを私は見ていきたい。
そして、みんなもそうなれると、生きるのが少し楽になるんじゃないかなって思います。

14歳の私を助けてくれたのは、いつも側にいてくれた姉や妹。
そしてあの事件があった日から転校するときまで、声をかけ寄り添ってくれた学校の先生でした。

今現在も、あの頃の私と同じ思いをしている子がたくさんいる。
あの頃の私を助けてくれたものを見つければ、今辛い気持ちを抱えている子たちを助けられるんじゃないかってずっと考えています。

だから、まずは自分の過去としっかり向き合い、嬉しかったこと、悲しかったこと、自信がなくて背中を丸めていた私があの時言いたかったことを、しっかり聞いてみたいと思います。

 

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