今日は私の父の命日です。
父と言っても記憶や思い出はほとんどありません。
両親が離婚したのは私が7歳の時。
私が母の浮気現場を目撃し、それを父に言ってしまい。
その日の夜に離婚が決まりました。
まあ、前から母は浮気をしていて、私の証言が決定的な証拠となったというだけです。
その後、私は母に連れられ家を出て、次に父に会ったのは10歳の時でした。
万博記念公園で遊び、ご飯を食べ、父のアパートに泊まったのを覚えています。
父に会える嬉しさと、母や義父に対する遠慮の間で複雑な感情でした。
次に父に会ったのは数十年後。
父が脳梗塞となり、入院していた病院で会いました。
子供の頃に見た大きな背中は無く、小さく年老いた父がいました。
その数年後に会った父は、棺の中にいました。
痩せ細り、さらに小さくなっていました。
奉公先で出会った母と結婚した父。
祖父は戦死していて、祖母が一人で育てた父は、父親を知らずに育ちました。
父は、生きることに不器用な人でした。
父が生前、どんな気持ちで過ごしていたかは知らないけど。
少なくとも最後のお別れには、子供たちが全員集まりました。
大人になった兄弟姉妹が揃ったのは、父の葬儀と49日の2回だけです。
そう思うと、父はやっぱり父なんだと感じます。
あれから10年、いろんなことがありました。
あの時父が、兄弟姉妹を集めてくれたおかげで、これまで見えなかったことも見えるようになりました。
ありがとう。
正直な気持ちを言えば、両親が離婚した時、父のところに残りたかった。
万博記念公園で遊んだ時、もっと甘えたかった。
手を繋ぎ、抱きしめてもらいたかった。
でも、母を選んだからこそ、東京で暮らす人生を選べた。
14歳で家を出て、自分で自分の人生を切り開くことができた。
だから、これでよかったんだと思います。
今日も私は幸せです。
今日も私は生きています。
お父さん、今日はあなたを思いながらお香を炊きます。
また気が向いたら思い出してあげるね。
それまでバイバイ。