自分の愚かさを知った日

私が出会った時のあなたは、すでに寝たきりの状態だったね。
自分でできることといえば首と手を動かすことと、口に入ってきた食べ物を飲み込むことだけ。

車椅子への移乗も、車椅子での移動も、身支度も食事も排泄も入浴も、生活のほとんどを人の手を借りて生きてる状態だった、

脳の損傷が原因で、発語が不鮮明なあなたの言葉が理解できず、会話ができるようになるのに少し時間がかかっちゃった。

私が夜勤の度に、あなたは私にこう言ったね。
「死にたい」と。

自分の命を自分で断つこともできない、その苦しみにあの頃の私は全く寄り添えてなかったなって、今更だけど反省しています。

いつものように朝が来て、いつものようにあなたの部屋に行き、いつものようにあなたの髪を手櫛で整えながら、また来週ねって挨拶をした。
その時の会話を覚えてる?

あなたが私の名前を聞いたんだよ、「あなたなんていう名前なの?」って。
私は名乗り、その後「友達はみんな、たまちゃんって呼ぶんだよ」と伝えたら。
「たまちゃんか、可愛いね」ってにっこり笑ってくれた。

また来週来るねって言って別れたけど、次の週に行ったらあなたはもういなかったね。
部屋はきれいに片付けられていて、あなたが急変し逝ったことを聞きました。

あの朝、あなたが本当に言いたかったことは何だったのかな?
私がもっと聴くことができたら、言わせてあげられたのかな?
あの頃の私は、あなたの苦しみを想像することすらできなかった。
それなのに、あんなに可愛い笑顔を見せてくれてありがとう。

死にたいのに自分で死ぬことすらできない人がいる。
生きる勇気がなくて死を選ぶ人がいる。
何も考えたくなくて死を迎える人がいる。

自分で死を選び実行することが、生からの退場なのか、死への入場なのか。
今の私には分からないけど。

これからもその課題に取り組みながら、いつかまたあなたと話せる日が来たらいいなって、そう思っています。

私に考えるきっかけを作ってくれてありがとう。
胸を張ってあなたに会えるよう、これからも考えることを続けます。

ではまた。