たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで③

こんにちは。たまちゃんです。
この度パンダカウンセラーとして活動していくことにしました。

今回は前回の「たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで②」の続きです。

生い立ちとは少し違う視点から、私がパンダカウンセラーになるまでのことを書いています。
では、たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで③です。

たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで③義父の奇行

10才といえば小学4年生。
当時住んでいたマンションのお風呂は、リビングとカーテン1枚で区切られてて。
脱衣所的なスペースの奥にトイレがあったから。
誰かがお風呂に入ってる時でも、トイレに行くという理由を付ければ脱衣所を通れた。


間取はこんな感じだった。

私が入浴前後に脱衣所で支度してると、義父が何度もトイレに行き来する。
ニヤニヤしながらね。
それを母は見て見ぬふりをする。
本当に嫌だったな。

義父は品がなくて。
下品な下ネタを平気で口にする人だった。
聞くに耐えない単語も、平気で言う人だった。
たぶん、子供たちが嫌がるのが楽しかったんだろうけど。
悪趣味でしかない。

この経験から、人前で下ネタを話す人に嫌悪感を持つようになった。
今でもあまり好きじゃない。
その行為自体を恥ずかしいこととは思わないけど。
場所をわきまえず、大きな声でそういうたぐいの単語を口にする人は、男女問わず苦手だ。

義父は母より8才年下で、しかも母にべた惚れで。
母の気を引きたくて必死だったんだと思う。
その姿はまるで、小さな子供が好きな女の子の気を引くために、イキってる姿と同じだった。

こんなに自分の事を好きできる人と再婚したのに。
母の男狂いは直らなかった。

それとも、本性を見抜けないほど義父が幼かったのか。
今となっては2人ともこの世にいないから、謎のままだ。

たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで③夫婦喧嘩

この頃から、母も義父も夜中まで帰ってこない日が増えていった。
同時に、母と義父の夫婦喧嘩が派手になっていった。

この夫婦喧嘩が本当にすごくて。
言葉で言い合うだけじゃなく、めちゃくちゃに殴りあう。
包丁を持ち出すこともあったっけ。

2人で乱闘してるうちに玄関から外に出ちゃって。
あまりの騒ぎに、近所の人が駆けつけることも何度もあった。

2人で刺し違えてくれる分には構わないけど。
こっちにまでとばっちりが来たらどうしようって、それだけが心配で。
怖くて布団にもぐるんだけど、布団の上から刺されたらどうしようって。
恐怖に震えた夜は数え切れない。

だから、一晩中お酒を飲み歩いて、朝になってから帰ってきてほしかった。
夜中に大人が家にいない不安の方が、よっぽどましだったから。

たまちゃんがパンダカウンセラーになるまで③姉との別れ

そんな生活が続く中で、私は中学生になった。
体が成長して女性として変化していく中で、それを気にかけて世話をしてくれたのは姉だった。

その姉も、成人すると家を出て行った。
寂しかったけどしょうがなかったし。
これまで頑張ってくれてたから我慢した。

あと、大人になれば家を出れるんだって分かって、ホッとした気持ちもあった。
早く大人になりたいって強く思った。

この1年後、あのいまわしい事件が起こるなんて知らない私は。
毎日大人になる日を夢見ては、のんきに暮らしてたな。

相変わらず家は貧乏で。
母と義父の喧嘩も絶えなかったけど。
自分で家事はできるようになってて、妹の面倒も見れたから。
子供だけで家にいる時間も、食事以外は困ることがなくなってた。

中学生になった最初の夏休み前日。
事件への扉が開くんだけど。
それはまた次のお話しにするね。

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