心理を学び続けるわけ(理由)

気軽に人の悩みを聴いたり相談に乗ってんじゃねーぞ!
といつも思っています。
そしてこの想いが、私が学びをやめない理由です。

あの子が私に会いにきてくれたのは、もう何年も前のことでした。
その日、私はイベントに出店していて、そろそろイベントが終わるという頃、あの子が私の前に現れ、施術を受けてくれました。

施術が始まってすぐ、その子に違和感を感じました。
ガタガタと身体を震わせていたからです。

寒い?
そう言って私はその子の肩から、膝掛けとして用意していた毛布をかけました。
それでも身体の震えは止まりませんでした。

それもそのはずで、その子は寒いんじゃなく、怖くて震えていたからです。
抱えてる悩みの深さに、体が震えていました。

ポツポツと話し始めた悩みは、とても深く暗く重いものでした。
イベント会場に来るのも、私に声をかけるのも勇気がいったと思います。
さらに施術を受けて、胸の内を話すのはもっと勇気がいったはずです。

なのに私は、その子に何も言ってあげられませんでした。
何一つ、その子に言葉をかけてあげられませんでした。
その子の悩みの重さを、一緒に感じてあげられませんでした。

当時の私は、聴く力も、見る力も、受け止める力も、何一つ持ち合わせていなかったからです。

過去にどんなにいろんな経験があっても、どんなにたくさん本を読んでも、どんなに情報を仕入れて知識を増やしても。
自分の肥やしになるだけで、それで人の相談が受けれるわけじゃないんだって、その時思い知りました。

だから、きちんと話が聴けるように、まっすぐに目の前の人を見れるように、そのままのその人を受け止められるようになりたいと思って、学校に通い勉強を始めました。

あの時の私に、今の私が苛立っています。
思い出すだけで腹が立ちます。

気軽に人の悩みを聴いたり相談に乗ってんじゃねーぞ!

これは過去の自分に向かって言っている言葉です。
あの時の自分を引っ叩いてやりたいと思う気持ちが、私が日々心理を学び、さらに大学へ進学するエネルギーとなっています。

いくらでも無料で情報が得られる時代です。
様々な技法も、本や動画で無料で学べます。
ただそこには、危険がたくさん潜んでいます。

誰にでも何にでも効果のある技法なんて存在しません。
でも、無料の媒体ではそれを教えてくれません。

無料で情報をかき集めて、分かったつもりになってしまう。
でもそんなのは幻想で、分かったつもりになってるだけ。
それを、あの時会いにきてくれたあの子が教えてくれました。

どうして国家資格が欲しいの?
どうしてそこまでするの?
そんな必要ないんじゃない?

いろんな人にいろんなことを言われます。
その度に私はこう言います。
人の悩みを聴くという行為は、デリケートでとても難しいからです、と。

聴き方、返し方、使う言葉、声のトーン、スピード、タイミング、聴く環境、相手との様々な距離、自分の姿勢など。

全部に神経を尖らせて行うのが、心理カウンセリングです。
自分の過去の経験でアドバイスをするのは、人生相談であって、カウンセリングではありません。

理論と哲学とカウンセラーの個性が三位一体となって、目の前の人に反応を起こします。
カウンセラーの個性だけでは、カウンセリングはできないんです。

あの頃の勘違いしていた私が報われるように。
あの時会いにきてくれたあの子が、また会いたいと思ってくれるように。
これから6年間、勉学に励みます。

ではまた。